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テクノロジーの3つの「本質」

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 テクノロジーの変化を点ではなく線で捉えるためには、まずはテクノロジーそのものの特徴を理解しておく必要が有ります。あらゆるテクノロジーをマクロに見れば、その本質的な特徴は、次の3つに絞られます。テクノロジーは「人間を拡張するものであること」。そして、「いずれ人間を教育しはじめること」。最後に「掌からはじまり、宇宙へと広がっていくことです」。

1 人間の拡張

 そもそもテクノロジーとは何のために生まれたのでしょうか?
 石器にはじまりインターネットに至るまで、すべてのテクノロジーは、なんらかの形で人間の持つ機能を拡張してきました。
 斧や弓が、手の持つ機能をそのまま拡張したものだというのはイメージしやすいでしょう。
 文字や書籍は、かつて個体の体内で完結していた情報を物体に記録し、他の個体にも共有可能にしたという意味では、人類の頭脳の拡張だといえます。テクノロジーは常に、人間の能力を拡張し、一個体だけではできないことを実現可能ににしてきました。テクノロジーの規模が大きくなり、そのメカニズムが複雑になるにつれ、何を拡張しているのかは実感しづらくなりますが、その本質は変わりません。
 蒸気や電力は人間の手足の能力そのものを何万倍にまで拡張させたテクノロジーです。蒸気機関車をもし人力で動かそうとすれば、どれくらいの人が必要になるかは、想像すらできません。同様に、掃除機や洗濯機ひとつとっても、電力ゼロで、人間の動力だけに頼るなら、私たちの生活は成り立ちません。

 一方で、コンピュータやインターネットは、電力や蒸気とは根本的に違う方向に人間の機能を拡張するテクノロジーです。その本質は、「知性の拡張」にあります。
 コンピュータが発明されたことによって、人類は個体の脳をはるかに超える計算能力を手に入れ、インターネットによってリアルタイムで他人とコミュニケーションがとれるようになりました。蒸気や電力といったテクノロジーが現実世界における「動力革命」だとすれば、コンピュータは脳内における「知性革命」ということができるでしょう。

2 人間への教育

 テクノロジーには、時を経ると人間を教育しはじめるという性質が備わっています。新しいテクノロジーが社会に普及してしばらく経つと、今度は人間がそのテクノロジーに合わせて生活スタイルを適応させていくようになります。この状況はまるでテクノロジーが人間を教育しているかのようです。

 もともと、貨幣はあらゆる物々交換の非効率を解決するために生み出された「テクノロジー」でした。現代を生きる私たちには、貨幣がテクノロジーといわれても不思議な感じがしますが、価値を保存しておくことができなかった時代においては、貨幣の誕生は革命的な変化だったことが想像できます。
 そして、その誕生からしばらく経ち、資本主義が普及したあたりから、貨幣は人間を教育しはじめました。現代人の価値判断基準の中心には、必ず貨幣が存在しています。
 食事や住居の確保など、人類の生存基準を高める行為を貨幣により確保できるようになると、あらゆる価値を貨幣に換算して物事を考えたほうが楽になりました。それまで漠然としていた「価値」という概念が、貨幣によって数値化され、比較可能になったため、貨幣を中心に損得の判断を計算するほうが、効率的になっていきました。貨幣は、当初私たちの物々交換を効率化するためのテクノロジーでしたが、今では価値判断基準そのものに影響を与えています。
 人間は課題を解決するテクノロジーを発明します。そして、時を経るにつれそのテクノロジーは、社会構造に深く組み込まれていき、いつしかそのテクノロジーの存在自体が人間の精神や構造を縛るようになります。まるで、人間とテクノロジーの主従関係が逆転したかのように。

 コンピュータもまさにその典型です。初期のコンピュータは大量のデータを素早く処理する、単なる計算機能を拡張するための存在でした。しかし、コンピュータは社会全体に浸透し、膨大なデータを学習し知能を発達させ、いまや最も効率的なアクションを人々に「教える」ようになりました。最初は人間が入力した命令通りに動いていたコンピュータは、時を経て人々がどのように行動していくかを教えてくれる教師に進化しつつあります。その主従が逆転するシーンに、いま私たちは立ち会っているのかもしれません。

3 掌から宇宙へ

 物理的な位置に着目した際にも、テクノロジーの発達していくプロセスには、ある規則性が存在しています。先ほどテクノロジーは人間の持つ機能の拡張だと述べましたが、その拡張は常に「身体の近く」からはじまりました。
 最初は手足の拡張です。鈍器、斧、弓などの武器は手を拡張し、草履は足を拡張しました。そして、その後身体から離れ、物理的に離れた空間において人間の機能を拡張していきます。
 掌の上にあった道具は、身体を離れ、器具として室内に配置され、さらに室外へ飛び出し、汽車や自動車のような移動手段になって距離を克服し、最後は重力すら克服し飛行機として空へ、さらには地球を飛び出し宇宙へと向かっていきました。

 電気というテクノロジーひとつとっても、そのプロセスは共通しています。初期は実験室からはじまり、一般の家庭の室内を照らす電球となり、そこからもう少しすると、社会の隅々にまで送電が行われるようになりました。最終的には社会のあらゆる道具とつながった電気は、まるで空気のような存在となりました。このようにテクノロジーは一定の順番を経て、物理的に遠くへと浸透し、浸透すればするほど日常の風景となり、その存在感を消していきます。